今月が終わる…

買った服をスッキリ着れるように痩せたいとおもいます
言った傍からパンを食べる


恐い話を夜に考えるものじゃないよね、ってことで夕方に

*ホラー夢
*序章にすぎなかった…的な(ほら吹き)











「柳…くん？」

夕暮の渡り廊下で名前を呼ばれ、柳は振り返った。
呼んだ声には聞き覚えがあった。

「…紅槻？」

確かクラスメイトの、と名前を呼べば、呼ばれた当人は僅かに目を瞠ってから、とてとてと恐る恐るといった風に柳に並んだ。

「うんそう。びっくりした、柳くん、私の名前知ってるとは」
「クラスメイトの名前くらいは把握している」
「えっ全員分！？」

うへぇ、と変な声を出して、紅槻名保はまじまじと柳を見た。
柳も、自分に何の気負いもなく話しかけてくるクラスメイト、それも女子に、興味深く意識を向けた。
181cmの柳とは20cm以上の身長差があるため、柳を見上げているのが疲れそうだ。
一通り驚いて、名保は進行方向へ視線を移して話を続ける。

「私は未だに全員は覚えてないや…喋ったことない人も結構いるし。柳くんとも初めてだよね」
「そうだな」
「柳くんは目立つから名前だけは覚えるの早かったかも。柳とか蓮とか、字面綺麗だよね」

思わず柳は名保の顔を見つめた。
当人はそれに気づかずに、女子はほとんど覚えたと思うんだけど、と話を続けている。
そんな風に名前を褒められたのは初めてだった。
いや、幸村も以前そのような事を言っていた気がするから二人目だな、と柳はなんとも不思議な気持ちになった。
大抵の人は名前そのものに興味を持つことなどほとんどないというのに、本人ではなく字面と来るとは。
柳の中で、紅槻名保に少しだけ興味が沸いていた。

「先生とかもいちいち変わるから、名前覚えるの大変だよね」
「…そうか？」
「…うーん、柳くんは大変じゃなさそうかも」

言いながら名保の頭によみがえるのは、目の前の彼が学年でもトップクラスの頭脳を持つという事実。
記憶には困らなさそうだ、と名保が勝手に心の中で結論付けている間、柳はするりと窓の外を眺めた。
日が沈む前の黄昏時。
時計を見ればもうすぐで午後7時を迎える時間。
日が沈むのが早い今は、夏真っ盛りだ。
それから名保に視線を戻して、確か彼女の成績は割と上位にいたような記憶があると思い起こして、柳も柳で心中で紅槻は人の名前を覚えるのが苦手らしい、と心のノートに書き足していた。
大して必要な情報でもないが、知ったことはメモしておかないと気が済まないのが柳蓮二だ。

「ところで紅槻。今は夏休み中だと思ったが、部活か？」
「ああ、うん。私、美術部なんだけど、今度の展覧会に出品する作品、私だけ少し遅れてるし、他にもう一つ描いてるのあってね、いつでも使っていいって先生から預かってるの」

そう言って、肩から下げたバッグから取り出したのは美術室の鍵だった。
いくら部員と言っても、生徒にひとつの教室の鍵を預けるとは、美術教師が適当なのか紅槻にそこまでの信頼が置けるということなのか、と柳はふむ、とひとつ頷いた。
きっと後者が正解なのだろう、と。
一学期を通してクラスメイトとして紅槻名保を見かけることは多々あったが、印象は悪くなく、割と何事もそつなくこなすし他の多くの女子のようにミーハーに騒いでいる様子を一度も見なかった。
柳自身に、ということはなくとも、柳を訪ねて、クラスには人気の高いテニス部の面々が度々訪れているが、それにいちいち反応したりする姿は見たことがない。
こうして話をしてみても、距離感は適切に保たれているし(手や肩が触れないが緊張を感じるほど離れてもいない)、言葉や視線に媚を感じはしない、それが柳には好感を持てたと同時に安堵した。
部活のハードな練習を終えて多少なり疲れているのに、クラスメイトとはいえ面倒と思えるような人物の相手だけはご免だと内心思っていたからこそ。

「柳くんも部活？こんな時間までみっちり運動とか、すごいなあ、私だったらバテちゃうな。…がんばってるんだね」

本当に感心したように言うものだから、柳は自然と唇を緩めた。
“がんばれ”と言われることは多くても、頑張っていることを認めてもらうことはほとんどない。
だからか、そう言って真剣な瞳を眇めて笑う名保の言葉はまっすぐに柳に届いた。

「…紅槻は持久力がないからな」
「え。なんでそんなことまで…」
「体育の授業を見ていればわかることだ。短距離の速さはなかなかだが、長距離になると突然悪くなる。やる気の問題もあるみたいだが…少しは鍛えた方がいいかもしれないな」

言って柳が名保を見下ろせば、ばつが悪そうに唇を尖らせた。走
りだけではなく、他の競技でも、そつなくこなし、運動神経が悪いわけではないのにどうにも持久力が続かないらしく、フルタイムでの出場はしないために目につく名保の姿を思い出し、柳はくつり、とのどを鳴らした。
それにショックだと言わんばかりに名保が顔を柳から背ける。

「いーの、私美術部だし！絵が描ければそれで！！」

開き直るように言って胸まで張って見せる名保に、柳は再びのどを鳴らして笑った。
女子の前でこんな風に自然と笑えるとはひどく珍しいと自分を客観的に見つめながら。
渡り廊下から階段に差し掛かり、半分まで降りた踊り場で、

「わっ？！」

突然、柳の隣から名保が消えた。
さすがに驚いて振り向けば、踊り場の鏡の前で名保がしりもちをついていた。
転んだのだろうか、と近づけば、本人も驚いた表情で柳を見上げた。

「…びっくりした」
「…それは俺の台詞だ。何もないところで転ぶとは器用だな」

言いながら名保を立ち上がらせるためにと手を差し伸べる。
驚きから脱却して恥ずかしさが出てきたのか、名保は僅かに顔を赤らめて、「ごめん、ありがとー」と言ってから柳の手を取った。

「疲れてるのかな」

照れ隠しなのか、自分の髪を手で梳きながら笑って言う名保に苦笑を返そうとして、柳は異変に気付いた。
最初は自分の影かと思った。
次に、夕日とその陰が作る錯覚かと。
けれどもそれは、身じろぐ名保の腕にくっきりと張り付いたように浮かび上がっていた。

「…紅槻、それはどうした」
「え？」

柳の示すものが何か分からず、名保は頭上に疑問符を浮かべて首を捻る。
そんな様子に、柳は彼女の手を取って“それ”を名保の目の前に示した。

「これだ」
「え？―――え」

名保の目が見ひらかれた。
唇が僅かにわななく。
そんな名保の様子を、柳はじっと見つめていた。
名保の、柳が掴んでいるのとは逆の手が、それに触れるか触れないかのところを彷徨う。

「なに、これ……手、の、あと…？」
「さっきまでは、なかった、な？」

柳が、彼にしては非常に珍しく、どこか戸惑ったように名保に尋ねた。
視線の先は名保の、日に焼けていない白い腕と、そこに残された赤黒い、まるで誰かに強く腕を引かれたかのように浮き出た、人の手の形をしたアザがあった。
柳の記憶する限りでは、つい先ほどまでこんな目立つアザはなかった。
柳は自分の記憶力に自信がある。
けれど、今この場には柳と名保しかいなかったことも確実なのだから、どうして“それ”がついたのかサッパリわからない。
柳の問い掛けに、名保はゆるりと首を縦に振った。

「こ、こんなの、いつ―――っ」

名保の言葉が不自然に途切れた。

「…さっき、転んだとき、何かに引っ張られたような気がして…気のせいだと思ったんだけど、でも、そんな、」

夕日の中にあってもはっきりとわかるほど、名保の顔は青ざめていた。
理解が及ばない現象に、二人とも口を閉じた。
先に気を取り戻したのは、柳だ。

「とにかく、ずっとここに居るわけにもいかない。帰ろう。俺の勘違いである可能性も否定はできないし、そのアザもどこかでぶつけたのが“そういう”ように見えるだけかもしれない」

解らないことを解らないままにしておくのは柳にとって非常に不快ではあったが、それ以上に、これ以上ここにこうしていることがよくないことのように思えてならなかった。
そしてそれは名保も同じだったようで、柳の提案にぎこちなくも頷いて、「うん、帰ろう」と言った。
そうなれば早速、と足を踏み出して2歩も歩いただろうか。
つい、と小さくも強い力で、柳は制服の裾を引かれて足を止めた。
1階へ降りるための残り半分の階段へと足をかける直前だった。
後ろにいるのは名保だ。
柳はどうかしたのかと振り返って、先ほどよりも余程青ざめて白くさえなっている名保の顔を見て眉を顰めた。

「やなぎくん」

どうした、と聞く前に、震えた名保の声が柳を呼んだ。
ぎゅう、と裾が一層引かれる。

「やなぎくん、」

もう一度、名保が柳を呼んだ。
その瞳は、涙を流していないのが不思議なほど揺れている。

「私の腕、ど、どうなってる…？」

尋ねられた瞬間は意味がわからなかった。
名保の右手は柳の制服の裾を掴んでいる。
先ほどのアザが見えたが、別段変わりはないように見える。

「ひ、ひだりて…」

弱弱しい声が柳の視線を呼んでいた。
直感的にそこに“何か”ある、と柳は思った。
そして、見たくないとも。
けれど、己の制服の裾を握りしめて縋っている少女を無下にすることなど、柳には到底できなかった。
ゆっくりと、名保の左手へ視線を滑らせる。
肩、二の腕、ひじ、そして―――手首。
名保の細い手を確認するのにこれ以上ないほどに時間をかけて辿りついた先、手首に、がっちりと、病的なまでに――いや、人としてあり得ない程に白い手が、掴みかかっていた。
“それ”が生きているものの手ではないこと、そして名保の右腕についたアザの正体であることは、一瞬で理解した。
固まったのは一瞬。
嫌悪も恐怖も、もちろんあった。
踊り場の鏡から直接生えるようにして伸びた手、しかし鏡には青ざめた顔の名保と柳しか映っていない。
それでも、掴んだ“それ”は確かに存在していた。
恐ろしいほどの力で名保の腕を握りしめている“それ”をなんとか引きはがそうと柳は力をこめるが、びくともしない。

「柳くん！！足ッ…！！」

ハッとして足元を見れば、別の手が柳の足を掴もうと鏡から伸びてきていた。
間一髪で“それ”を避けた柳はスラックスのポケットからボールペンを取り出して芯を出し、名保の腕を掴んでいる手に向かって渾身の力で振り下ろした。
痛みを感じるのか衝撃を受けたからかはわからないが、ようやく名保の手から離れた“それ”を見届けることなく、反動で傾いだ名保の身体を片腕で支えて、迫る“それら”をかわす。
すでに鏡は白い手に埋め尽くされるほどになっていて、そのすべてが、名保を、柳を、まるで鏡の中へ引きずり込もうかとでもしているかのように、迫ってきていた。

「逃げるぞ」

柳は腕の中の名保に短くそれだけを告げて、名保の返事は待たずに階下へと走り出した。






C


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ホラーもどき
恐いの嫌いなのでたぶん続きません←
参謀かっこよすぎてたまらん