たまごの中の愛の色(仮題)6.5

6.5話
入れきれなかった部分というか、つなぎというか

 




麗奈は最高に幸せだった。
少し派手にやりすぎたかもしれないけれど、結果的に邪魔者は消えたし、仁王は戻ってきた。そして、幸村にもうすぐ面会できる。ようやく、待ちに待っていた報告が柳の口から伝えられたのだ。これで何者にも邪魔されない、麗奈の“しあわせ”が完成する。ようやく、真にヒロインとしての生活が始まるのだと。
赤也が褒めたピンクのマニキュアを重ね塗りして、しあわせにとろけた表情で麗奈は、近づくその時を夢見ていた。
 
 
 
名保は全身の打撲に右腕の骨折、左手の甲も骨折、背中からの落下の衝撃で背中を痛め、その代わり、頭部の怪我はそれほど大きくない裂傷のみで済んだ。それでも全治には数ヶ月を要す診断となり、中学2年はベッドの中で過ごすことになりそうだと息を吐いた。学校に行かなくてもいいのはいいが、痛みも恐怖も、なにより自分を心配してくれる人への申し訳なさには替えられない。
頭を打ったことで、記憶や意識の混乱も心配はしていたものの、今の所特に異常も見られず、ひとまずは安心した。安心したところで、でも少しだけ、いっそ“現実”の名保の記憶が消えてしまえばよかったのでは、と考えた。そうすれば今と比較して苦しむこともないのに、と。けれどそんな考えは、すぐに自分から消した。
結果的に苦しんでしまっていても、確かにあれは名保の生きてきた過去であり歴史であり思い出で、忘れることを良しとなどできないのだ。あの時に出会った人も、あのときにできた思い出も、もう名保の頭の中にしか残っていないのだから、消してしまうことなどできない。
安静を言い渡され、ベッドにじっとしているあいだ、名保はそんなことと、そして残してきたふたりのことを考えていた。仁王にはあの時に会えたこと、そしてあの時の様子からして心配はしていない。けれど、祥香の方はひどく心配だった。あの時のことを名保は誰にも話していないから、祥香はもしかしなくともきっと、名保の怪我を自分のせいだと思うのだろうと思うと、はがゆかった。そしてどうか、名保の所為で意志が歪むようなことのないようにと、祈るしかできなかった。
 
 
 
名保の危惧の通り、祥香は自分を責めていた。
自分が名保を頼らなければきっと、名保の事故は起きなかっただろうと。それは想像ではなくて確信で、ずっと気づいていたことでもあった。ただ、盲目的に名保ならば、“なんとか”なるだろうと思っていた。弱い自分とは違って、いや、名保の弱い部分も確かに見てはいたけれど、それは祥香とは違う部分についてだったから、こういうことに関して名保は大丈夫だと、思っていたかったのだ。けれど現実は違う。名保は入院するほどの怪我を負ってしまった。祥香がそれについて自分を責めないわけがなかった。
あの時に死んでしまった方が良かったのかも知れないとも考えた。でもそれは、名保との出会いを否定することだ。そんなことは、祥香にはできなかった。そして、名保が何と言うのかも、祥香はわかっていた。
わかっていたからこそ、祥香はただ、あの時のように屋上で、ただあの時とはちがって名保はいなかったけれど、気が落ち着くまで泣いた。泣いて、泣いて、そしてあの時祥香を救った微笑みが見えた気がして、祥香はただ感謝した。
名保が生きている、その現実の全てに。
 
 
 
木の葉が落ち、随分と寂しい窓の外を眺めて、ベッドの上でひとり、ため息をついた。
 
「気のせいなら…いいけどね」